床矯正について
Q:ウチの子供が受けている『床矯正』、治療前には歯を抜かないで、安く治療ができると聞いたから始めたのに…どうも治ってないような気がするのです?(39歳:患者さんのお母さま)
セカンドオピニオンの方から、大阪の某医院で『床矯正』を受診中であるものの、どうも歯並びがキレイになっている気がしないとの相談を受けました。床矯正装置は当院でも成長期の患者さんでの使用頻度が高い装置ですが、お話を伺っていると、どうも当院の『床矯正装置』と『床矯正』というのは似て非なるものと判明し少なからず私には衝撃でしたので報告いたします。
まず、そのお母様が受けてきた『床矯正』の説明について聞いたままに整理してみました。
①『床矯正』では歯を抜かずに非抜歯で治療ができる。
②治療費が安く、10万円以内で治療ができる
③装置が取り外しできて患者さんが楽である
④どのような年齢の患者さんにも使用できる
ナルホド、こんなに良いことづくめの治療なら、私が患者さんでもお願いしてしまいそうになるのですが、実際、矯正歯科医の目から見れば『そんな馬鹿な~!!』なんです。まー、ここまでよく言うね!と呆れていたのですが、患者さんの話す『床矯正』というキーワードが少し気になったのでネットで検索してみました。
そうしたら、出てくる、出てくる、どうやら『床矯正研究会』という団体があり、そこで上記のような内容の講習を一般の歯科医師さん向けて行っているようなのです。私がインストラクターで所属しているPhatOrtho矯正講習会も一般の歯科医の先生が対象ですし、自分の講義パートに『床矯正装置』がバッチリはいっているのですが、前述の4項目で同意できるのは、かろうじて③のみ、で、それ以外は完全に×(バツ)です。
それでは1つずつ解説していきましょう
①『床矯正』では歯を抜かずに非抜歯で治療ができる
巧妙なのは『歯を抜かずに』という表現、正確には歯を抜いてしまうと『床矯正』では治せないのですね。床矯正装置はレジン床と金属線のクラスプから構成されており、比較的単純な構造です。したがって歯に対しても内側から押すといった単純な動きしか付与できません。抜歯したスペースをキレイに閉じるというのは矯正治療の中でもイチバン技術力の問われるところですが、そのような3次元の歯の移動は『床矯正』ではハナから不可能なので『抜歯はしません』と言い切ってしまうところの潔さ?もしくは開き直り?潔さって点では○(マル)ですが。
検査・診断して不正咬合の改善にどうしても抜歯が必要な患者さんにはどうするのでしょう?それとか、出っ歯の患者さんの場合、どうやって治すのでしょうか?うちにセカンドオピニオン相談にこられた方も、『全然、出っ歯が治ってないように思うのです』と心配されていました。言うまでもないことですが、出来ること出来ないことは、治療前のカウンセリングではっきり説明するべきです。
②治療費が安く、10万円以内で治療ができる
聞いてみると『床矯正』では装置1つあたりの料金が10万円前後とのこと、ただ装置が増えるたびに料金が加算されていくシステムのようです。そこで気になるのは、いったい日本人の矯正患者さんなら平均いくつの装置が必要なんでしょうか?そもそも1つ、2つの床矯正装置だけで不正咬合が完治する可能性は?
おそらく日本人矯正患者さんが100人いれば1~2人、いくら多く見積もっても5人までが関の山ではないでしょうか。つまり治療費が安いよっなんていうものの、残りの95人以上の患者さんは治らないまま治療終了です。
最悪なのは治らないのに次々と新しい装置を作成されて、無駄な追加料金を請求されてしまうパターンです。そんなの何個入れても治りませんよ。
そもそも、この料金設定は、『ドクターが歯並びを治す』ではなく『装置が歯並びを治す』という発想が前提で、『装置いれたら治っていなくても治療費請求OK』という保険診療の悪しき象徴のような設定です。患者さんを治すことは二の次、とりあえずやったから費用はいただきますよ、装置というモノを売ったんだからお金かかりますね、こんなやり方は医療としていかがなものでしょうか?
矯正治療で不正咬合を治すために必要なことは以下の3つ、正しい検査データ、検査データ分析に基づく正しい診断、正しい診断に基づいた正しい治療法、です。装置だけで治るならお医者さんは要りません。
③装置が取り外しできて患者さんが楽である
ここはまあまあ、間違いないですかね。当院では主に夜間就寝時に使用していただくことが多いです。食事や歯磨きの時にははずしますので、歯みがきに支障をきたすこともなく虫歯の心配もありません。もちろん、学校に持っていく必要もないので、お友達に矯正を気づかれる心配もありません。夜、寝る前の歯ブラシが終わってからつけて、朝起きたらはずして学校に行ってもらっています。毎晩ちゃんと使っていただければ、それだけで十分効果があります。
ただし、これにもいろんな考え方があり24時間の使用を基本としている先生もいらっしゃいます。件の『床矯正』も24時間使用派閥のようです。24時間派には、お口の清掃不良による虫歯の心配やお友達に矯正を気づかれる心配がありますので悪しからず・・・。
④どのような年齢の患者さんにも使用できる
床矯正装置はお口の中では金属製のクラスプで歯に維持されるのですが、これには適度な歯の豊隆が必要です。これにピッタリくるのが成長期の永久歯、もしくは乳歯なんです。完全にはえきった成人の永久歯はアンダーカットが強くクラスプがきつく嵌りすぎて不適です。したがって、通常の設計では取り外しに苦痛をともなったり、クラスプの形態をかえたら維持力が十分でなくなったりと成人の床矯正は出来ないわけではないですが不向きと言わざるを得ません。
また床矯正得意の歯列拡大も成長がない成人ケースでは、歯が傾斜しただけで終わり!になってしまいますので、やはり、やらない方が正解な場合がほとんどです。というわけで、床矯正の適応期は、乳歯列および混合歯列期の学童期ってのが本当のところで、年齢の多様性をアピールするのは間違っています。
というわけで4項目について長々と解説してきましたが少しは参考になりましたでしょうか?
床矯正装置も40年くらい前は矯正治療の花形でした。しかし、モダンエッジワイズの登場とともに歯の移動の精度や予知性、多様性といった面で主役の座を明け渡すことになったのです。
ここでふと思いついたのですが、『床矯正装置』は、現代の交通手段で例えると、さしずめ『自転車』といったところが言い得て妙だと思うのです。モダンエッジワイズが自動車や電車、もしくは飛行機。
自転車は、『床矯正装置』と同じく古今東西、非常に便利なツールです。しかしながら現代社会において、移動手段として自転車のみで十分といえるでしょうか?
それでは矯正治療を旅と仮定してみましょう。東京やニューヨークへ出かけるのにみなさんはどのような手段を用いますか?現代人なら、飛行機や新幹線、もしくは自動車の利用がメインになるのではないでしょうか。安いからと言って『自転車』だけを選択する人はいないでしょう。
矯正治療では治療目標に則って適切な治療法(装置・メカニクス)が選択されるべきであり、ドクターの存在価値はその治療方針の立案と的確な治療法の実施にあるのです。旅の目的はさまざまで、手段は個々の自由です。患者さんの治療希求もさまざまで、現代の情報化社会には数多の情報があふれています。なにを取捨選択すべきか、残念ながらネット内の情報は甘言を弄して物事の本質から目を背けさせる意図のある悪質なものも少なくありません。
今回、患者さんのお母さんから『床矯正』なるものをお聞きしてこれは地域医療に携わる医療人として看過できない問題と感じました。決して『床矯正』そのもの自体が悪いわけではないのです。それに付随する偏った情報を少しでも正すことが出来れば幸いに思います。
岡下矯正歯科 院長 岡下慎太郎
セカンドオピニオンの方から、大阪の某医院で『床矯正』を受診中であるものの、どうも歯並びがキレイになっている気がしないとの相談を受けました。床矯正装置は当院でも成長期の患者さんでの使用頻度が高い装置ですが、お話を伺っていると、どうも当院の『床矯正装置』と『床矯正』というのは似て非なるものと判明し少なからず私には衝撃でしたので報告いたします。
まず、そのお母様が受けてきた『床矯正』の説明について聞いたままに整理してみました。
①『床矯正』では歯を抜かずに非抜歯で治療ができる。
②治療費が安く、10万円以内で治療ができる
③装置が取り外しできて患者さんが楽である
④どのような年齢の患者さんにも使用できる
ナルホド、こんなに良いことづくめの治療なら、私が患者さんでもお願いしてしまいそうになるのですが、実際、矯正歯科医の目から見れば『そんな馬鹿な~!!』なんです。まー、ここまでよく言うね!と呆れていたのですが、患者さんの話す『床矯正』というキーワードが少し気になったのでネットで検索してみました。
そうしたら、出てくる、出てくる、どうやら『床矯正研究会』という団体があり、そこで上記のような内容の講習を一般の歯科医師さん向けて行っているようなのです。私がインストラクターで所属しているPhatOrtho矯正講習会も一般の歯科医の先生が対象ですし、自分の講義パートに『床矯正装置』がバッチリはいっているのですが、前述の4項目で同意できるのは、かろうじて③のみ、で、それ以外は完全に×(バツ)です。
それでは1つずつ解説していきましょう
①『床矯正』では歯を抜かずに非抜歯で治療ができる
巧妙なのは『歯を抜かずに』という表現、正確には歯を抜いてしまうと『床矯正』では治せないのですね。床矯正装置はレジン床と金属線のクラスプから構成されており、比較的単純な構造です。したがって歯に対しても内側から押すといった単純な動きしか付与できません。抜歯したスペースをキレイに閉じるというのは矯正治療の中でもイチバン技術力の問われるところですが、そのような3次元の歯の移動は『床矯正』ではハナから不可能なので『抜歯はしません』と言い切ってしまうところの潔さ?もしくは開き直り?潔さって点では○(マル)ですが。
検査・診断して不正咬合の改善にどうしても抜歯が必要な患者さんにはどうするのでしょう?それとか、出っ歯の患者さんの場合、どうやって治すのでしょうか?うちにセカンドオピニオン相談にこられた方も、『全然、出っ歯が治ってないように思うのです』と心配されていました。言うまでもないことですが、出来ること出来ないことは、治療前のカウンセリングではっきり説明するべきです。
②治療費が安く、10万円以内で治療ができる
聞いてみると『床矯正』では装置1つあたりの料金が10万円前後とのこと、ただ装置が増えるたびに料金が加算されていくシステムのようです。そこで気になるのは、いったい日本人の矯正患者さんなら平均いくつの装置が必要なんでしょうか?そもそも1つ、2つの床矯正装置だけで不正咬合が完治する可能性は?
おそらく日本人矯正患者さんが100人いれば1~2人、いくら多く見積もっても5人までが関の山ではないでしょうか。つまり治療費が安いよっなんていうものの、残りの95人以上の患者さんは治らないまま治療終了です。
最悪なのは治らないのに次々と新しい装置を作成されて、無駄な追加料金を請求されてしまうパターンです。そんなの何個入れても治りませんよ。
そもそも、この料金設定は、『ドクターが歯並びを治す』ではなく『装置が歯並びを治す』という発想が前提で、『装置いれたら治っていなくても治療費請求OK』という保険診療の悪しき象徴のような設定です。患者さんを治すことは二の次、とりあえずやったから費用はいただきますよ、装置というモノを売ったんだからお金かかりますね、こんなやり方は医療としていかがなものでしょうか?
矯正治療で不正咬合を治すために必要なことは以下の3つ、正しい検査データ、検査データ分析に基づく正しい診断、正しい診断に基づいた正しい治療法、です。装置だけで治るならお医者さんは要りません。
③装置が取り外しできて患者さんが楽である
ここはまあまあ、間違いないですかね。当院では主に夜間就寝時に使用していただくことが多いです。食事や歯磨きの時にははずしますので、歯みがきに支障をきたすこともなく虫歯の心配もありません。もちろん、学校に持っていく必要もないので、お友達に矯正を気づかれる心配もありません。夜、寝る前の歯ブラシが終わってからつけて、朝起きたらはずして学校に行ってもらっています。毎晩ちゃんと使っていただければ、それだけで十分効果があります。
ただし、これにもいろんな考え方があり24時間の使用を基本としている先生もいらっしゃいます。件の『床矯正』も24時間使用派閥のようです。24時間派には、お口の清掃不良による虫歯の心配やお友達に矯正を気づかれる心配がありますので悪しからず・・・。
④どのような年齢の患者さんにも使用できる
床矯正装置はお口の中では金属製のクラスプで歯に維持されるのですが、これには適度な歯の豊隆が必要です。これにピッタリくるのが成長期の永久歯、もしくは乳歯なんです。完全にはえきった成人の永久歯はアンダーカットが強くクラスプがきつく嵌りすぎて不適です。したがって、通常の設計では取り外しに苦痛をともなったり、クラスプの形態をかえたら維持力が十分でなくなったりと成人の床矯正は出来ないわけではないですが不向きと言わざるを得ません。
また床矯正得意の歯列拡大も成長がない成人ケースでは、歯が傾斜しただけで終わり!になってしまいますので、やはり、やらない方が正解な場合がほとんどです。というわけで、床矯正の適応期は、乳歯列および混合歯列期の学童期ってのが本当のところで、年齢の多様性をアピールするのは間違っています。
というわけで4項目について長々と解説してきましたが少しは参考になりましたでしょうか?
床矯正装置も40年くらい前は矯正治療の花形でした。しかし、モダンエッジワイズの登場とともに歯の移動の精度や予知性、多様性といった面で主役の座を明け渡すことになったのです。
ここでふと思いついたのですが、『床矯正装置』は、現代の交通手段で例えると、さしずめ『自転車』といったところが言い得て妙だと思うのです。モダンエッジワイズが自動車や電車、もしくは飛行機。
自転車は、『床矯正装置』と同じく古今東西、非常に便利なツールです。しかしながら現代社会において、移動手段として自転車のみで十分といえるでしょうか?
それでは矯正治療を旅と仮定してみましょう。東京やニューヨークへ出かけるのにみなさんはどのような手段を用いますか?現代人なら、飛行機や新幹線、もしくは自動車の利用がメインになるのではないでしょうか。安いからと言って『自転車』だけを選択する人はいないでしょう。
矯正治療では治療目標に則って適切な治療法(装置・メカニクス)が選択されるべきであり、ドクターの存在価値はその治療方針の立案と的確な治療法の実施にあるのです。旅の目的はさまざまで、手段は個々の自由です。患者さんの治療希求もさまざまで、現代の情報化社会には数多の情報があふれています。なにを取捨選択すべきか、残念ながらネット内の情報は甘言を弄して物事の本質から目を背けさせる意図のある悪質なものも少なくありません。
今回、患者さんのお母さんから『床矯正』なるものをお聞きしてこれは地域医療に携わる医療人として看過できない問題と感じました。決して『床矯正』そのもの自体が悪いわけではないのです。それに付随する偏った情報を少しでも正すことが出来れば幸いに思います。
岡下矯正歯科 院長 岡下慎太郎
by shintaroo2
| 2011-05-17 23:14
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